2013年5月19日

バックパッカー再考・・・?


ゴールデンウィークが終わったあとの祭りで三連休があったので、エアアジア航空の上昇気流に乗ってマレーシアに行きました。
それにしても安いですね~エアアジア。関西国際空港からクアラルンプールまでしめて往復三万円!


















いまや誰でも「安く・快適に」旅できる時代ですね。
節約のつもりで陸路になんかこだわっていると、食費やら宿代やら国境での思いがけない賄賂やらで逆に高くつくかもしれない。
旅人の間で交わされる

「どれだけ安く旅したか」≒「オレ(わたし)ってこんなにタフ」

自慢は、
そもそもその図式が根底から崩壊の危機に瀕しているため、もはや成立不可能になってしまったのではないでしょうか。

安くても快適で便利で安全な寝床・移動手段はいくらでもある。
切り詰めることに付随してるハズだった「オンリーワンのストーリー性・ドラマ性」は、
単なる本人の思い込み以外のなんでもないことが誰の目にも明らかになってしまいました。
それに気がつかず今後も「どれだけ安く旅したか」自慢をしようもんなら、
「すごいですね」という聞き手の言葉の裏で
「この人ダサいな」というレッテルを貼られてしまうこと間違いなし。


なーんて意地悪ババアみたいなことを言ってしまうのは決して五月病なわけだからではありません、ジェイホッパーズ京都のしばたです。みなさんいかがお過ごしでしょうか。


それにしても都会ですね~マレーシア。一人で歩いてて誰も声をかけてきませんでした。

マラッカ行きの長距離バスへの乗り方をそこらへんの人に尋ねたら、ものすごく嫌そうな顔をされて冷たく追い払われてしまいました。
なんで?わたし、何かした?
腹がたって一人でぶりぶり怒っていたけど、ずっとそんなんしてたところでどうしようもないので、
しばらく冷静に辺りを観察することにしました。
するとみんながチケットを買っている場所がわかり、そこに行くとちゃんと出発時間も教えてくれました。なーんだ。

今まで旅行した東南アジアや中東の国々では、わたしが何も知らなくても必ず誰かが答えを教えてくれて、そうやって人に聞くことが「コミュニケーション」してるんだと、何の疑いもなく思って旅をしていました。

巷にあふれる旅本も、
「たまたま道を聞いたその人と仲良くなっちゃって、現地人しか知らないところに案内とかしてもらって、最後にはその人の家族の手料理までご馳走になりました。ウルルン!」
みたいな内容に終始しています。
まるでそれこそが旅の醍醐味、っていうより誰の助けも借りず普通に旅する奴はなんか冷たい人ネ・・・みたいな裏メッセージがこめられているような気がします。

’だからみんな旅をしよう、無計画でも大丈夫だって、心さえ自由なら世界はきっときみのものだ’

こんなアホみたいなノリで何も知らず旅しても無傷で帰ってこれるんだから、
いまや誰でも「安く・快適に」旅できる時代ですね、本当に。



マレーシアでバスの乗り方を教えてもらえなかったとき、
「現地の人は親切に教えてくれる」という期待を裏切られてわたしは納得できませんでした。
どうして?現地の人って旅人に優しいんじゃないの?って。

よくよく考えたらそんな前提は存在しないのに。わたしたち(一部の)旅人が勝手に作り上げたものなのに。

そもそも自分の知りたいことをそこらへんの人に聞くことは、別に「コミュニケーション」なんかじゃない。
聞かれたほうにとっては迷惑な場合だってある。みんながやさしく答えなきゃいけない義務だってない。
考える前に人に答えを求めておきながら、その答えが自分の思ってるのと違うと不機嫌になったりして、液晶画面みたいに薄っぺらい世界観しか持ち合わせてないな、と青空の下でひとり反省したマレーシア旅行でした。




3 コメント:

ちなみに最後の金ピカ象はなんですか?

ちなみに最後の金ピカ象はなんですか?

ボディービルダー養成所みたいなとこの前にあった偉大なる筋肉野郎の像です。